スポンサーサイト

--------

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

病院を転々とする日々

2009-03-22

今日2回目の日記です。
もう15年前の事なので、ハッキリしないんですけど、N整形外科に行き着くまでにいろいろな病院を転々とした事をぼんやり覚えています。
高い熱が出たりして夜中に救急病院へ行ったりもしていました。
点滴を打ちに行ったり、いろんな薬を処方されて体中が痒くなったりもしました。
食欲も無く料理も作れないので流動食のような物を食べたりしていました。
実父も心配してリウマチには果物のひわの種がいいからと言って私に食べさせたりしました。
主人もカロリーメイトを買って来てくれたりしました。
その頃は、ヤクルトのジョアをよく飲んでいました。

とにかく高熱がよく出て困りました。
全身が痛くてほとんど寝たきりの状態でした。
トイレに行くのもやっとで、お風呂も主人が付き添って体を洗ってくれました。
手のこわばりもひどかったです。
朝悪く夕方から夜にかけてはだいぶ楽になっていました。
関節痛が無い日はなく「何も悪い事してないのになんでこんな目に合うんだろう」と真剣に思いました。

不思議な事件として記憶に残っているのは、ノーシンという薬を飲んだ時の事です。
薬を飲んで少しすると関節痛がスッカリなくなり気分は爽快になりました。
嬉しくて嬉しくてその時は、食欲も出てカップヌードルを食べたりしました。

夕方から夜にかけていいので家事もその時間にするようになりました。
昼夜逆転のような生活を送っていました。
食事は、お惣菜やお弁当が多かったように思います。

そんな時舅と姑から見に来ると連絡が入りました。
主人は、私にお料理を作るように言ったのですが、私はもう痛いばっかりで本当に出来そうになかったので断りました。
主人は、付き合っている頃から手作りの物にこだわる人だったので(舅もそう)その時はお料理を私に作ってほしかったみたいです。
その時は、さすがに嫌だなあと思いました。
わがままかもしれませんが私は病気の事で精一杯でした。

そんないろいろな事があってN整形外科に行くようになったのですが、3ヶ月ぐらい通ったところでものすごい高熱が出てしまったのです。
意識ももうろうとして、今度こそ本当にダウンしてしまいました。
それから大学病院の内科に入院する事が決まりました。

次回は大学病院での入院生活をお話しようと思います。
読んで下さってありがとうございました。







スポンサーサイト

トラックバック

コメントの投稿

非公開コメント

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。